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アダム・スミスが本当に伝えたかったのは、経済よりも「幸せ」だった?「スミス先生の道徳の授業」読書会レポート

アダム・スミスというと、何を思い浮かべますか。「国富論」を書いた人だと学校で習ったことを思い出す人もいるかもしれません。経済をかじった人であれば、「神の見えざる手」の話を思い出す人もいるかもしれません。

経済学の学者という印象が強いアダム・スミスですが、実は経済学よりも伝えたかったことがあるというのです。
それは、生き方や幸せのことでした。「自分が幸せになるだけではなくて、社会をよりよく変えていくにはどうしたらいいのか」。実は、そういうことまで考え、伝えていたのがアダム・スミスだったのです。

今回の読書会では、課題図書である「スミス先生の道徳の授業」と、近いテーマで書かれた「アダム・スミス ぼくらはいかに働き、いかに生きるべきか」、そして「『道徳感情論』と『国富論』」をもとに枝廣先生がレクチャーをされました。

アダム・スミスは生涯に、「道徳感情論」と「国富論」の2冊しか本を書いていません。
しかし、倫理について書かれた「道徳感情論」は5回、そして経済について書かれた「国富論」は4回も改訂しています。
よりよい人生と、それを実現するための経済について、倫理学と経済学を行ったり来たり考え抜いた人生だったのですね。

アダム・スミスが生きた時代は、産業革命が始まった時代でした。知識の進歩と普及がはじまる一方で、格差と貧困、国の財政が大きな問題となっていた、混沌とした時代でした。そんな時代に、社会の秩序と繁栄をもたらす普遍的な原理は何かという問題に、人間の本性を考察しながら2冊の本を通して立ち向かったのです。

スミスが社会秩序のベースとして位置づけたのは「道徳」。その道徳をつくりだすのは、喜び、怒り、悲しみといった人びとの感情だとしました。私たちのさまざまな感情が作用し合うことで、社会秩序が形成されると考えたのです。

感情におけるキーワードは「同感」。人はできるだけ多くの人から是認されたいと思っています。
しかし、いちいち他人の評価を見ながら行動するのも大変なので、経験をもとに自分の中に「公平な観察者」をつくり、それに従って自分の感情や行動、そして他人の行動を判断するようになります。
つまり、人には絶対的な善も悪もなく、それぞれの時代の社会によって、人の価値観は変わっていくのです。

社会での経験をもとにつくった自分の中の「公平な観察者」と社会の評価は、ときに食い違います。
スミスはそのときに何を重視するかで「賢人」と「軽薄な人」とに分かれるとします。
賢人は自分の中の裁判官の評価を重視するのに対し、軽薄な人は社会からの評価を重視するというのです。

自分の中の「公平な観察者」を鍛えることができればよいのですが、人間には自己欺瞞という弱点があります。
自分にとって好ましいストーリーをつくりあげ、それに当てはまらないことは無視する傾向にあるのです。
自分を正直に見つめるのは本当に難しいものです。

自己欺瞞を乗り越えるためにできることとして、自分の考えを書き出して見つめ直したり、いろんな人の意見を聞いたりすることなどが考えられますが、相当意識しないと危ないですね。それでも、常に賢人であるように自分の内なる観察者を鍛えながら世間から同感を得られるように利己心を制御することで、心の平静を得ることができるとスミスは言います。

続いて、「国富論」について。国富論の原題は「諸国民の富の性質と原因の研究」。国富というと、国家の財政かと思いますが、そうではなくて、国民の生活を改善するために国を豊かにする方法が書かれているのです。
先に書かれた「道徳感情論」では、どうやったら人は正しく、幸せに生きることができるのかがテーマでした。
しかし、精神的に充実していても、毎日食べるものもなければ幸せになりようがないですよね。
人が幸福を手にするためには、ある程度の富は必要です。

スミスの生きた時代は、まだ生活に必要なものが根本的に足りていない状況でした。とにかくモノが足りなかったので、増産することは善であり、増産するために必要なのが分業と資本の蓄積でした。
今では誤解されていることが多いですが、スミスが意図していた経済発展は、単なるお金儲けではなく、貧困をなくすことが目的だったのです。
どんなビジネスでもいいから規模が拡大すればいい、ということではありません。国民の豊かさにつながる、必需品と便益品の増産に寄与するのが、スミスが理想とする資本の蓄積だったのです。

スミスの自由経済を説明する「神の見えざる手」は、資本主義の黎明期にどんどんビジネスを進めたい新興資本家によって「自由主義が善」という部分のみが抜き出され、勝手に引用されて広まっていくことになりました。
しかし、スミスの説く経済発展は社会の発展のための手段であり、社会秩序を壊すような行動は規制されるべきだと考えていました。

またスミスは、政府が取り組むべき重要なこととして、教育を挙げていました。資本主義の発展のために分業が進んでいくと、子どもも働けるようになります。また、大人たちは物を考えなくなります。そうした弊害に手を打つために、政府は教育に力を入れないといけないというのです。「大人が物を考えなくなる」というのは、いまにも通じるようでドキッとしますね。

読書会の最後に枝廣先生は、ケインズの言葉を引用されました。

経済問題の解決は人類にとってさして困難なことではない。経済問題を解決したあとに人類が目標を失うことの方が問題である

なるほど、経済成長を達成しても次の目標が定まらず、もっと、もっとと経済成長を求め続け、環境破壊や人権問題、紛争などを引き起こしているのが今の私たちが抱える大きな問題なのかもしれません。アダム・スミスが描いたような理想は、世界ではまだ実現できていません。そもそも、何のための経済成長なのか。
本当に求めることを実現するには何ができるのか。いまいちど、じっくり考えないといけないですね。

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