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国家の枠を越えた歴史的視点から、グローバリゼーションの行く先を考える 『歴史家が見る現代世界』読書会レポート

第93回目の読書会は、「歴史家がみる現代世界」(著:入江 昭)を取り上げました。いまわたしたちが生きている「現代」はいつはじまったのか。近代と区分するものは何だったのか。国家の存在とグローバリゼーションの加速について、今回は歴史的な視点で考察をしていきます。

歴史と聞くと、みなさんはどんなイメージをもたれるでしょうか?世界史の授業のような、ヨーロッパを中心にした国々の興亡をイメージする方も多いでしょう。しかし筆者が考える歴史は、国家間の関係だけではありません。国境を越えた社会的、文化的な関係から自然との関係まで、いわば人間同士の関係をすべて歴史ととらえています。かつては国益や国家間の対立というテーマが歴史研究でも影響力を持っていました。しかし、経済のグローバル化によって、人々の国家への意識も変わっていきました。人々の意識に付随して、歴史研究の視点もよりグローバルに変化し、人間同士、社会同士が相互依存的に発展する過程が重要視されるようになったのです。

現代はいつはじまったのか。枝廣先生からの問いに対して、参加者のみなさんからさまざまな意見が出ました。現代は冷戦が終わってからはじまったというのが従来の見方で、わたしたちも歴史の授業ではこのように習ったのではないでしょうか。しかし、筆者は「冷戦が終わってから現代になった」のではなく、「現代のグローバルな動きのひとつとして、冷戦の終結があった」ととらえるべきと論じています。現代をわける区分として、著書の中で採用されているのは、経済的なグローバル化です。国家の枠ではなく経済の流れから、現代にいたるまでの歴史が考察されています。欧米主導型の植民地支配によるグローバル化の加速。その後、帝国主義が台頭し2度の世界大戦中は反グローバルの動きが強まりました。戦後はアメリカを中心とした経済を通じてのグローバル化がはじまり、やがて冷戦よりも影響力をもった存在へと変化していき、現代がはじまったと定義しています。

国家と個人の関係性は、どのように変化していったのでしょうか。わたしたちは国家という存在ができる前から集団で生活をしてきました。国境という境界線が生まれてから、国民という人間集団が重要になっていったのです。しかし現在は国家権力が日常生活を守り国民には義務があるという近代国家モデルで、双方の関係性はどんどん希薄になっていると言われています。日本の投票率の低下や政治への関心の低さも、そのあらわれといえるかもしれません。かつて19世紀ごろのいわゆる「大きな政府」においては、国家と国民のつながりは密接なものでした。それから機能を安全保障や治安維持など最小限にとどめた「小さな政府」へと変貌をとげ、国家と国民のつながりは希薄になっていったのです。ここで枝廣先生からひとつの視点として、社会的に弱い立場におかれた人への言及がありました。いまは国家によって保護されているが、国家の力が弱くなった場合に支えるのは果たして誰なのか。グローバリゼーションを考えるうえで忘れずにもっておきたい視点ですね。

非国家的存在についても触れていきました。わたしたちの周りには多くの集団が存在しています。たとえばNGO、教会、多国籍企業などです。経済のグローバル化と重なり、近年その存在は大きくなっているといわれています。税金や国益を基盤とする国家にとって、国境を越えた活動をおこなうGAFAなどの多国籍企業は、相対的に国家の力を弱める存在といえるでしょう。そしてNGOも1970年代から存在感を増していきます。しかし、日本では「お上に任せる」という風潮が強く、動きが遅れているとのことでした。

このような国家の相対的な弱体化によって、ノンナショナルアイデンティティを通じた国境を越えたつながりが次々と生まれています。宗教、女性、若者、高齢者、障害者。さまざまなアイデンティティを通じた連帯意識は高まり、伝統的な国際関係や国益を軸とした外交などはもはや時代遅れであるとまで論じています。国家という存在が薄れることにより、「国家より前に人間が存在する」という考え方も国際社会に受け入れるようになり、普遍的人権の尊重を謳った1975年のヘルシンキ宣言へとつながっていきます。

これだけグローバルなつながりが出来上がり、トランスナショナルな問題意識が高まっているときに、国家中心主義や排他主義を拠り所にするのは、歴史を後戻りさせるようなもので、この流れは止められないだろうと筆者は締めくくっています。しかし、本書が書かれた2014年から現在まで、世界はどのような変化を遂げているでしょうか。「Black Lives Matter」が叫ばれる人種問題の根深さ、新型コロナウイルスで広がる格差、自国の利益を最優先する国家のリーダーたち。国を超えて人々が連帯し前へ進むのか、それとも後戻りするのか。いまが歴史の大きな分岐点なのかもしれません。

幸せ研の読書会は、「幸せ」「経済」「社会」をめぐるさまざまな問題について考え、対話する読書会です。課題図書を読んでいない人でも参加できますので、ぜひお気軽にご参加ください。ご案内はこちらの幸せ経済社会研究所のページから!

(POZI サステナビリティ・プランナー 伊藤恵)