長く環境問題に関わる枝廣淳子さんが「環境問題は幸せの形、経済のあり方、社会の姿を考えなくては解決できない」と思ってこの「幸せ経済社会研究所」を立ち上げたのが2011年。毎月1回開催してきた読書会も、9年の月日を積み重ねて、100回目を迎えました。記念すべき今回は、昨今見聞きすることが増えた「レジリエンス」を取り上げます。2015年に枝廣さんが書かれた『レジリエンスとは何か』と2019年に発売されたハーバード・ビジネス・レビューの『レジリエンス』という二冊の課題書から、コロナ禍を生きる私たちに必要な力を深掘りする時間となりました。
海外ではレジリエンスを研究する専門家も多く、すでに教育現場などでも実践が進んでいるというレジリエンスという概念は、枝廣さんいわく「一つのシステムの特徴」とのこと。元々は物理の言葉で、外から力が掛かって小さくなったバネが、解放と共にピョン!と飛ぶ力を表しています。枝廣さんは「あえて日本語にするなら、回復力、再起力、もしくは弾力性」と訳し、書籍では「しなやかな強さ」と言い表していました。
例えば、職場で失敗した、上司に怒られた、勤め先が倒産した、などの困難な状況に陥った際に、人によって心が折れてしまう人と、同じ状況下であっても心を折らず、むしろ逆境をバネに再起する人がいます。この場合の後者は「レジリエンスが高い」と言い表すことができますが、その違いは一体なにによって生じるものなのか。
また、レジリエンスは個人の「こころ」だけでなく、地域、組織、生態系などにおいても存在しています。ハーバード・ビジネス・レビューの『レジリエンス』ではより具体的に、組織やリーダー像に迫り、人と人の「関係性」にもレジリエンスがある、と説いていました。個が高めるだけがレジリエンスではなく、周囲との関係性の中でいかし合えるものだそうです。
さらに、がんばるだけではなく、「弱さ」にだってレジリエンスは存在する、と説かれており、枝廣さんもこの考察を新鮮に感じたと話していました。個人や組織が自らの限界を偽ることなく周囲に晒すことで、差し伸べてもらえる助けを引き寄せることができる。これはつまり「助けて」と言えることもレジリエンスであるということでした。貧困やDVといった社会課題が問われる時、助けが必要な社会的弱者が声を上げない時があるとされますが、援助を受ける「受援力」もまた、レジリエンスの一部と捉えることができるようです。
筆者は60年ほどレジリエンスを研究する中で、このスキルはもって生まれたものではなく「学習できる」、とも伝えています。レジリエンスが高い人がもつ3つの能力は、1. 現実を受け止める力、2. 困難な状況を概念化して捉え直せる力、そして、3. 即興的にあり合わせのもので工夫して乗り越える問題解決力、と割り出していました。3つ目の力を「ブリコラージュ」と呼び、ブリコラージュがある人は日頃から機械や自分の持ちものを修繕したり、本来の使い方をとは違う使い方をして何かに活かす応用力がある、とも伝えています。これは、震災や天災の中で機転を効かせて行動できる人などにも当てはまることで、普段からこうした考え方や目線をもっていたり、判断できるための社会的条件なども必要になることから、組織風土の価値観にも影響する特徴だとされていました。
本書のなかでは、脳科学的観点からもレジリエンスを高める方法が紹介されています。近年、欧米のビジネスパーソンから始まったマインドフルネスや瞑想など、内省する大切さは、レジリエンスの訓練にも良いそうです。毎日20〜30分の内省の時間を取ることで脳の働きを安定させる練習ができ、困難な現実にあっても悲観的にだけ捉えるのではなく、将来に向けた前向きな捉え方に変えるための訓練になるんだとか。
そして本書では、レジリエンスを高めるために必要なことは、「忍耐ではなく、回復する時間である」として、物理的に休息時間をしっかり取る重要性が明記されています。例えば、日常の中でも目を休めたり食事をしたりという「就業内回復」を忘れないこと、同時に、仕事はある程度で切り上げて夜は休むこと、週末や定期的な休暇をとるといった「就業外回復」のどちらもが重要で、オーバーワークや疲労はレジリエンスの対極にあるとしていました。
枝廣さんの本でも、世界中の専門家の主張から見た「レジリエンスを構成する3つの要素」を紹介しています。一つ目は多様性。個人でも組織でも、アイデンティティが1つだけより複数あることで、いざという時の力に変えることができるからです。二つ目はモジュール化。例えば平時からエネルギーや食の自給がある程度あれば、緊急時に自分たちだけを切り離して、受ける影響を少なくすることもできます。三つ目は、緊密なフィードバック。これは何かの前兆や危険信号を見逃さないようにする仕組みのことです。地域や組織の場合は、何かしらの指標を設けて数字などをわかりやすい形でチェックできること、個人の場合も、体調の変化を定期的に調べるといったことで、未然に回避できることがありますね。
かの老子はかつて、雪の重さや強い風にも折れない竹や柳を指して、「柔軟は剛強に勝る」と、しなやかさがもつ強さを語ったとされています。コロナ禍を生きる私たちは、状況や環境が変わっても自分たちで考えて行動することが求められいますので、改めて現実を冷静に見つめ直し、多様性の追求と柔軟性の獲得を日常で実践していきたいものですね。
幸せ研の読書会は「幸せ」「経済」「社会」をめぐるさまざまな問題について知り、考え、意見しあう場です。2020年4月以降はオンライン開催となりましたので、遠方在住の方も参加可能となりました。ご案内はこちらの幸せ経済社会研究所のページからご覧ください。
(やなぎさわまどか)