105回目の読書会では、枝廣さんが「現代を代表する論客のひとり」と話すカナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインの『地球が燃えている 気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提言』(大月書店)が課題書となりました。厳しい現実と過去の乏しい対策を指摘した上で、自分たちは何を求めるのか、一体何に対して「イエス」と言うべきなのか、と問う迫力の一冊。地球のために、今わたしたちが本当にすべきことは何なのでしょうか。400頁近い本書の中から、枝廣さんが特に重要と感じた点を解説しながら進みました。
これまでも社会の構造的な問題を鋭く指摘してきたナオミ・クラインは、現状における気候変動を「複雑に絡み合いながら限界点に達した社会課題のひとつ」であると言います。その根底にあるものとして、「自然界や人々を資源として扱う考え方」や「自然に対する人間の支配欲」といった貪欲な思考を取り上げていました。人種や地域が違うだけで「自分たちとは違う」と切り離し、その意識が強まると、自分ではない誰かが搾取や被害の対象でも問題に感じない「他者化」が始まります。これは残念ながら日本にもある問題で、意識・無意識を問わず、人間にとっての根源的な課題なのでしょう。本書では、正常な理性があれば抑えられるものだ、とされていました。
合わせて筆者は経済の仕組みにも言及。気候変動の対策を進める必要があった時代と、新自由主義経済の台頭が重なってしまったことを取り上げ、結果として、わたしたち生活者が大量の消費とともに「市場に支配される暮らし」になったことも挙げています。いつの間にか、何を買って何を持っているかが個人のアイデンティティになってしまい、今になって「消費を減らせ」と言われると、まるでアイデンティティが剥奪されるようで反発が起こるのです。
そして、消費者として「個人の力は大きい」と刷り込まれていることや、物事は全体よりも個別に切り離して考えようという教育方針が主流となった結果、わたしたちは常に問題を切り刻み、各自が自分の届く範囲の課題にばかり向き合っています。しかし筆者は「それでは全体が見えにくい」と危険視。個人ができることだけに集中すると、問題の全体が見えないまま、がんばってるのにいつまで経っても何も解決しないのです。ナオミ・クラインは本書ではっきりと「個人ができることだけをしていても気候変動は止まらない」と言い切っていました。一人ひとりの意識や行動は大切だけど、もっと大規模に組織化されたグローバルな運動、さらに強い表現で、「革命」を起こさなければいけない、と説いています。
エコバッグやマイボトルなど、できることを一生懸命している個人には痛いほど突き刺さりますが、わたしたちがすべきことの論拠も示していました。
それは、気候変動が社会や経済の問題と重複しているからこそ、加速するほどに逆の動きも加速できるはず、と言うのです。気候変動問題が加速した近年、密接につながっている既存の問題として格差や戦争、人種差別、性暴力なども加速し、それらに反発する社会正義や軍事拡張への反対勢力なども強まっていく、と考察し、画期的な解決に近づく未来を見てるようでした。大切なことは、すべての問題をホリスティック(全体的、総合的に)に考えることだと繰り返し伝えています。
ホリスティックに取り組むことで構造的な問題が解決に向かい、結果的にはCO2排出量も根本的に減らせるはず、というナオミ・クラインの言葉には大きな光が見えたように感じました。このように経済、社会、生態学、民主主義といった、なぜかこれまでばらばらだった問題を集結させたのが、本書の副題にもなっている「グリーン・ニューディール」政策です。
特定の利益団体だけでなく、気候変動を含めた経済回復の施策。それも、これまで行ってきたマイナーチェンジとは異なり、社会のOS(オペレーションシステム)そのものを大きく変えるという抜本的な施策です。この提言が実現すれば、これまで産業の陰で虐げられていた人たちを保護し、こらから過去の遺物になるであろう業界の人材も、新しい産業で守ることがうたわれています。
かつてナオミ・クラインの名前を一気に有名にしたのは、2007年に発売された『ショック・ドクトリン』(岩波書店)でした。アメリカ同時多発テロ事件やリーマンショック、政変や自然災害など、何らかの深刻な危機の発生時に便乗して、無関係のことをひっそりと進めてしまう惨事便乗型の資本主義を強く問題視し、世界中で話題を呼びました。彼女は、現在進行形のコロナ禍も同様だと指摘した上で、今後の鍵は「ローカリゼーションにある」と言います。
ローカリゼーションといえば枝廣さんも同様の意識の元、拠点を熱海に移しました。読書会参加者の中にも環境と経済に関する実践者は多く、地域経済を活性化してコミュニティの力を強める長期的なプランニングが重要だと説く本書は現実的に感じられたようです。
冒頭から厳しい現実を突きつけられた本書ですが、ナオミ・クラインいわく「主人公は民衆」であり、それをわたしたち自身が常に意識することが重要なのでしょう。何かに反対するだけでなく、何が欲しいのかを明確に意思表示し、現状の危機を引き起こした根本的な価値観と向き合う時がきています。時間が限られているからこそ、私たちが自ら、大衆の力を大きくたぎらせる必要があるようです。静かに、でも確実に明るい火を灯していきましょう。
幸せ研の読書会は「幸せ」「経済」「社会」をめぐるさまざまな問題について知り、考え、意見しあう場です。2020年4月以降はオンライン開催となりましたので、遠方在住の方も参加可能となりました。ご案内はこちらの幸せ経済社会研究所のページからご覧ください。
(やなぎさわまどか)