106回目の読書会では、発行累計部数30万部というベストセラーになった斎藤幸平氏の著作『人新世の「資本論」』(集英社新書)を課題書にして、これまでの学びや論理と比較しながら進行した会となりました。
本書のテーマは、脱成長。実は10年前に幸せ経済社会研究所を立ち上げる時、枝廣さんが考えていた当初の名前は「脱成長研究所」だったそうです。10年という時を経て同じ問題意識を抱えた本書が話題になっていることに、確実な時代の変化を実感しました。
もうひとつ本書が話題になったことは、最初のチャプターにある「SDGsは大衆のアヘン」というくだりでしょう。筆者である哲学者・斉藤幸平さんが言わんとすることは、SDGsが大切なのは大前提ながらも「十分ではない」ということです。現実問題が辛いからと(アヘンを使うかのごとく娯楽によって)目を逸らしていては何も解決しない、ということがロジカルにまとめられています。
ブームのおかげで環境活動に取り組み始める企業もあることなど、SDGsがもたらした良い面を挙げた枝廣さんも、筆者の本意には概ね共感。日本企業と協働する際に感じた経験を例にして「一生懸命取り組んでもSDGsの延長線上に本質的な解決がないと気づくことが大事だ」として、特に、社会的な課題解決のためには、SDGsだけで安心したり思考停止しないことが重要だと伝えていました。
本書の第1章では、気候危機の原因と資本主義経済のつながりを明確にしています。資本主義とは常に成長を続けなければいけないものである解説と共に、その一方で現在、資本主義は限界の状態であることが説かれています。理由として、主に南半球に位置する途上国群「グローバルサウス」からの資源搾取がなければ先進国の暮らしが成り立たないことも明白なのです。
ここでグローバルサウスの捉え方について、しばしグループセッションの時間となりました。本勉強会の参加者には、CO2排出量の削減と経済成長の両立を目指して活動している方も多く、本書の内容には納得しつつも「困惑してる」という本音が聞こえてきました。
解決に向けた具体的な対策が書かれているのは、本書の第2章以降です。前回の課題書だったナオミ・クライン『地球が燃えている』でもグリーンニューディール政策の理解と支援を説いていましたが、斎藤幸平さんも、こうしたラジカルな政策を進めなければいけない理由を本書で丁寧に解説しています。
これまで本勉強会にご参加されている方の中には、本書を読みながら、過去の勉強会で取り上げた論者たちの名前や主張が紹介されていることに気づいた方もいるかもしれません。しかし本書では、既存の脱成長や定常型経済を主張しているだけでは何も解決しない、とさらに上塗りする論理の展開が続きます。幅広くロジカルな解説と共に、「資本主義を続けながら気候危機を解決することはできない、資本主義を止めなければ人類の歴史は終わる」と、進行中である人新世の終末すら描いているのでした。
第4章以降に登場する具体的な解は「コモン」、キーワードは「コミュニズム」です。過去のイメージからつい旧ソ連などを思い浮かべることも否めませんが、筆者が明言する通り、決してあらゆるものを国有化するコミュニズムではありません。生活のライフラインとなるような水、エネルギー、土地などを、関係者が民主的に管理する共有財とすることを指しています。果たして私たちはこの第三の道を、民主主義を超えるシステムとして確立できるのでしょうか。筆者は、そのためにも「労働」のあり方を変えることを提案しています。
枝廣さんが「この観点はなかった」と興味深く解説していましたが、筆者は「労働こそが、人間と自然を媒介する」とし、私たちと自然界を繋いでいるのは「労働である」と定義します。労働の形が変わり、生活の質を向上すること。そして生産の形が民主的になることで、消費のスピードは落ちコミュニティを生み出すこと。こうした変革を私たちが決断しなければいけない時がきているのでしょう。最終章では、社会課題を解決するための信頼と相互扶助、つまりは市民同士が水平に連携し合うことで、民主的に資本主義を越えられることが説かれています。
最後のグループディスカッションでは、本書に出てきたこれまでの課題書や観点がたくさん挙がり、10年積み重ねてきた勉強会の知見を感じさせました。「これからも地道に勉強を続けていきましょう」と枝廣さんがまとめた今回の勉強会。何よりも、今多くの人が本書を手に取り学んでいる事実にこそ励まされました。
幸せ研の読書会は「幸せ」「経済」「社会」をめぐるさまざまな問題について知り、考え、意見しあう場です。2020年4月以降はオンライン開催となりましたので、遠方在住の方も参加可能となりました。ご案内はこちらの幸せ経済社会研究所のページからご覧ください。
(やなぎさわまどか)