幸せ経済社会研究所の読書会では、幸せに関すること、あるいは経済に関することを大きな2軸として、主宰の枝廣淳子さんが課題書を選出しています。108回目となった読書会では、そのどちらにも関係するテーマとして『「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済』(光文社新書)が選ばれました。禅やマインドフルネスでも大切にされる「今ここ」の価値観は、国や社会が違えば異なる「生き方」にもなるようです。人生観にまで及ぶ筆者の提案を追ってみましょう。
「その日暮らし」と聞いてイメージするものはどんな事でしょうか。
著者で文化人類学者の小川さやかさんは、アフリカ・タンザニアでの研究をしていることから、タンザニアの経済やタンザニア人たちの生き方を通して、現代のわたしたちが主と捉えている価値観や精神面について問いかけています。読書会でも、まず冒頭で短めのグループディスカッションを行い、「その日暮らし」「Living for today」という生き方について考えることから始まりました。
未来に対する備えができることは、社会が安定し、未来がある程度先まで見通せることが前提となります。そうした安定や見通しがつきにくい社会の場合、まずは「今日という日を生き抜く」暮らしを選択せざるを得ないという現実がありました。筆者はタンザニアでの生き方や価値観を見るにつれ、不確実な未来からむしろ無限の可能性を感じ取れる生き方と、反対に、不確実な未来には希望がないと感じる生き方があることに気がつきます。
枝廣さんは、本書の中で特に印象的だった話をいくつか挙げながら、安心・安全が予想可能となり、社会制度やシステムが高度化するための基盤になると、”操作可能”な人間が増えることを示唆する筆者に共感した話を教えてくれました。それは本書が「時間との向き合い方」を示しているという視点です。現代社会の日本では、たとえば中学卒業時には高校受験のため、高校卒業時には大学受験のために、大切な人生の時間を費やすことがごく当たり前です。人によってはもっと幼い頃から、あるいは大学を卒業した後も、もしかしたら人生を終える瞬間に向けてなど、常に今の先の準備をするために生きていることも珍しくありません。〈今ここ〉の喜びを犠牲にしながら〈いつかどこか〉のために生きる。枝廣さんはかつて、そうした「幸せの先送り」を断ち切るために、修士から博士に進む予定をやめた話をシェアしてくれました。
また、こうした社会背景には経済の原理も大きく関わってきます。インフォーマル経済と呼ばれる経済活動は、あまり注目されることはなかったものの、関わる人数は大きな割合となっています。タンザニアでも個人の零細商人たちが日々たくましく経済活動を行い、潮流をみながら頻繁に商品を変えたり、果敢に違う事業に挑戦するなど、常に変動を繰り返しながらその日を生き抜いています。
その場その場で偶然的に現実化する未来と、目的やゴールに向けて日々を重ねた先にある未来とでは、歩む道筋に大きな違いが想像できます。グループディスカッションや問いの中でも枝廣さんが繰り返し「正解はない」と話していたように、本書が促すことは気づきや再考だと言えそうです。経済合理性や計画主義に基づく発展主義を是とする生き方を頭ごなしに否定するのではなく、それ以外の価値観や考え方があることを知る。アリとキリギリスの話を違う角度から考えてみるような、広い視点をもつことこそに出発点がありそうです。
幸せ研の読書会は「幸せ」「経済」「社会」をめぐるさまざまな問題について知り、考え、意見しあう場です。2020年4月以降はオンライン開催となりましたので、遠方在住の方も参加可能となりました。ご案内はこちらの幸せ経済社会研究所のページからご覧ください。
(やなぎさわまどか)